7月9日(木)21:00~22:00
使用したボードゲーム「ガムトーク」
参加人数4人。
漢方の話①
お金はないが、幸せだ。
なぜなら私には魔法があるから。
私の家は米農家だ。お金がなくても電話一本で実家から無制限にお米が届く。なので食いっぱぐれることがないのだ。
しかしもちろん米だけでは味気ない。だけれど、金はない。あるといえば、ジュースが一本買えるくらいと少し。お惣菜くらいなら買えるかもしれないが、そんなもの一日どころか、一食しか持たない。
そこで出会ったのがふりかけだ。
ふりかけは安い。安いし、美味いし、色々な種類のものがあるので飽きない。牛丼の三拍子に勝てるものはこれくらいだと思う。
しかし、栄養が偏ってしまう。それに、米だけだとなぜか太る。美味しいが、体にはあまり良くないらしい。
よって私は風邪をひいてしまった。
マンションの一階部分が薬局だったので買いに向かったが、なにせ高い。せっかく節制したのにこれでは元も子もない。結局私は一番安いものを買った。古くからあるので効きそうだ。なんだかブラシーボ効果なんじゃないだろうかとも思う。
けれどこれも粉末なので、ご飯にかけて食べることができる。
つまりこの薬もふりかけの部類に入れていいだろう。
お父さん、お母さん、にいちゃん、おじさん、犬、ぼくはおかげでこんなに大きくなりました。
けれど今のぼくを支えているのは間違いなく、この薬局でかえるふりかけなのです。
漢方の話②
漢方とは、万病に聞く中国古来の薬である。これらは自然来の物質を煮詰め、もしくは煎じ、その成分を凝縮することによって生まれる。涙ぐましい企業努力から生まれるクリーンで安全な錠剤薬などと比べると、いささか胡散臭くはある。
だが! だからこそ人は難病や不治の病にあたったとき、そこに望みを託す。錠剤や抗生物質が体内の細菌を吹き飛ばす核爆弾なら、漢方は体内の自然治癒を促進するいわば体の潤滑油。あなた自身の生命力、運命力さえも巻き込んで、その病に対抗する力とする。
だからこそ、これらは験担ぎにも使われる。
例えば有名なマムシ酒の親戚に、セミの抜け殻を漬け込んだモノがある。必ずオスメス両方のセミの抜け殻を入れることで、夫婦が永遠にひとつでいられると言われ、結婚式で贈ると非常に喜ばれる。
ちなみに、漬け込んだ酒は年月と共に劣化し、上澄しか飲めないような有様になる。このことから『末長い夫婦関係の秘訣は表面上に留めること』という解釈があるが、まあ、言わぬが花だろう。
最後に、ここまで語ったことは全部嘘だ。
二次創作の話
自分の「好き」を持つことは良い事だとどこかで誰かが言っていた。
愛情を注ぐ対象がいることは素敵なことだと、ようやく二十を超えたあたりで僕は気が付いた。しかし一方で、自らの気づきと行動は決して同調し向上していくものでは無いとも分かっている。愛情の注ぎ口は既に十代で開けられていた。
十代の初めの頃は良かった。開かれた口に自らの心からあふれ出した熱情をただぽとりぽとりと誑し込むだけで、十二分な満足を得ていた。それは、その口から何も返ってくるものが無いと気づいた時、初めて猛烈な飢餓状態へと陥っていった。
元より、僕からこぼれだすそれより、注ぎ口はあまりに狭すぎて、僕は僕のそれをもうどうしようもなくなっていた。
そこで、僕は初めて気が付いた。無いのなら作ればいい、と。初めて、その注ぎ口を見よう見まねで象ったのだ。それはあまりにも、僕の愛でていた口とそっくりそのままで、触るとからーんと空虚な音がするようだった。
その口に僕の心を注ぎ込み始めると、次第に他人がわらわらと集まってきた。次第にそれらも、なにやらぽとりぽとりと落としてくるようになってきた。
なんだなんだと困惑していると、その中の一人が僕に、あふれ出るその熱いモノをぽとりと落としてきた。ぽかぽかと、身体中に染みわたるそれのあまりの激情に打ち震えた。追従する他の人々のそれも僕に追い打ちをかけてくる。
僕は満たされた。ようやくだった。二十を超えていた。
実写化の話
それは、結果的に人類に新しい人種を与えることには成功したのではないかと思う。
日本人の目の色は一般的に黒や茶色といったところだろう。日本人からして外人にあたる立場の人たちのそれは、青色だったり、緑色だったりするだろう。
では、日本人の名前はどうであろう。太郎くん、花子さん、といった漢字の名前がほとんどで、例外的にひらがなやカタカナの名前があると思う。しかし、外人はどこの言語の外人であれ、マイケル、エミリーのようにカタカナ表記にされるものである。だからこそ、新しい人種は面白い。日本人なのにみんな名前はカタカナ。それも、ヒロシ、ハナコといった感じではなく、それこそマイケルやエミリーだったりするのだ。
ハーフとか本当は日本人とか国籍を移したとかではない。見た目も明らかに日本人、瞳も黒か茶色。でも、髪は金だったり、赤や青なんかもいたりする。
ただし、この新しい人種、和製マイケル、和製エミリーに対しては批判的な声も多い。日本人がカタカナネームの、それも赤や青の髪色の人間になる必要はないのではないかと。それなら、最初から外人でいいのではないかと。それに対して、反対とも賛成とも言うつもりはない。
ただ、やはり新しい人種を生んだという点では面白いのではないだろうか。
馬の話
僕はしがない使いっ走り。
いつもいつも主を引いて、右往左往、ついでに主の荷物も持って右往左往。
石畳を軽快に進むと小気味の良い音に惹かれて、町中の人が振り返ってくれることが自慢だね。
でも他はだめ。てんでうだつの上がらない、ただの召使にすぎないのさ。
そんな僕にも夢はあってね、大空を大きな翼で飛んでみたいと思うんだ。もちろん、ご主人様も連れていきたいね。僕の背中で輝く表情のご主人を想像すると、僕の仕事冥利に尽きるよ!地面を張っている限りじゃ、ご主人様はそんな顔してくれないからね。僕は、ご主人の魔法の絨毯を目指しているのさ。
でもこれは正直、夢物語だから、せいぜい現実的な辺りの目標は角を持つことかな。僕って戦場には出れないから、せめて角さえあれば行かせてくれるんじゃないかなって、農場で草を食んでる奴らを見て思ったんだよね。
でもさ、上ばっかり見ても仕方ないよね。ハツカネズミなんて魔女の力借りての大出世でようやく僕になったんだもんね!
僕は僕でいいんだ。今日のご主人のために走り回ろう。
蒲鉾の話
なかよし、ちゃおあたりの付録に入っていてもいいと思う。その桃色は間違いなく小学生女子児童の目を引くだろうし、男子生徒がキーホルダーにしようものなら、笑われてしまうほど桃色だ。食べ物を食べ物で例えるのはよくなかったかもしれない。それに、多分女の子でも笑われる。そういう世界なのだ。世知辛い。その食べ物はほぼ無味だけれど。
初めの話に戻ろう。なかよしちゃおあたりの付録に入っていてもいいと思う。それより低年齢向けのよう年始の付録には向かない。その柔らかさはまぁ、母親がわりになるかもしれないし、数秒くらいならばその未知の物体に、興味をもつだろう。だが、小さすぎる。誤飲してしまいかねない。あっいや食べ物だし、別にスパイシーではないので、食べても大丈夫なのだけれど、この世知辛い世の中で、食べ物を付録にするのは難しい。
話は変わるが、都会の子どもの一部は魚が切り身の姿で泳いでいると思っているらしい。そしてかくいう私も、この桃色の食べ物が実は人工的に作られたものであるとは知らずに、魚を切ればでると思っていた。キスとかやらしい名前の魚や桃が名前についた魚を切れば出てくるのだと。
だけれど、それは違った。その桃色は作られた桃色だった。いや、この世知辛い世の中で、作られていない桃色など、ないのだ。あるといえば桜くらい。いや、桜も作られている。
自然にある桃色を脳内で探しながら、その人工桃色食品を指で摘んで口に入れる。
食べ終わった後の板はなんか使えそうなので、洗って干して、まな板がわりにしたった。けれどあまりにも小さいまな板だった。
これってなかよしとちゃおの付録になりますか?
ハサミの話
ほんの些細な間違いで相手を傷つけてしまうことはあると思う。悔やんでも仕方ない。僕は今日、ほんの些細な間違いにより、同級生を傷つけてしまった。言い訳にしかならないが、もちろん傷つけるつもりはなかった。むしろ、彼を助けたかったのだ。
あのとき彼は、僕の隣の席で、配布された授業プリントを見て困ったような顔をしていた。最初はなぜそんな顔をしているのだろうと思ったが、彼のノートの大きさを見て納得がいった。
彼に頼まれなくても僕は助ける気満々だった。どうぞ、と彼にそれを渡した。
しかし、些細な間違いを犯してしまった。持ち手じゃない方を彼に向けて渡してしまったのだ。
気付いたときには、もう手遅れだった。受け取ろうとした彼から痛っ、と小さな悲鳴がとんだ。
ほんの些細な間違い。しかし、それは彼の右手を傷つけてしまったのだ。
第二回MVPは「馬の話」でした!
どことなく童話を連想させられます。フフンと鼻を鳴らしている陽気な馬を想像して、楽しい気分になれますね!
次回の予定
7月16日(木)21:00~ 伊坂幸太郎著「終末のフール」読書会
参加条件はなし。簡単でもいいので感想を持ってきてもらえれば、それを掘り下げて深い読書体験に変えます。ほかの人の意外な意見を聞けたり、同じ意見を持つ人に出会えたりするかも?
感想、昔読んだけど、ここどうだったけ? 伊坂幸太郎あるあるなど募集中!
参加予約はTwitterのDMもしくは、HPのお問合せよりお願いします( 。」。)
お待ちしています! あなたも今日から、文芸みぃはぁ!!
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